Christian House Church Mission of Washington
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2: 家の教会の神学
なぜ私たちは家庭で集まるのか――そして、それがなぜ大切なのか
家の教会は新しい概念ではありません。
むしろそれは、古く、御霊に導かれ、美しいかたちへの回帰です。
このページでは、家庭での礼拝に関する聖書的・歴史的・神学的な土台を、信者の皆さんにお伝えします。
「彼らは日々心を一つにして… 家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにした。」
― 使徒の働き2:46
聖書が語る、家庭での礼拝の根拠
初代教会の時代から、キリスト者たちは大聖堂ではなく、家庭で集まっていました。
聖書は、小さな集まりの中に神が働かれた数々の例を示しています。
主な例:
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あの“上の部屋”(使徒1:13)
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ピリピにあるリディアの家(使徒16:40)
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アキラとプリスキラの家(ローマ16:3–5)
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ニンファの家にあった教会(コロサイ4:15)
重要な原則:
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「二人または三人がイエスの名によって集まる所に、主がおられる」(マタイ18:20)
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「すべての信者はキリストのからだの一部である」(1コリント12:27)
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「礼拝は建物に縛られるものではない」(ヨハネ4:23–24)
家の教会の歴史的ルーツ
キリスト教の最初の300年間、ほとんどの信者は家庭で礼拝していました。
これは迫害のためだけでなく、福音が本来持つ“関係性”の性質を反映していたからです。
注目すべき事実:
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専用の“教会建築”が現れたのは、西暦250〜300年ごろ
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宗教改革や中国の地下教会など、リバイバルや刷新の時代に家の教会は花開いた
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現代でも、信仰が迫害されたり、非常に個人的に守られている地域では、家の教会が力強く生き続けている
従来型教会と家の教会の比較(分裂ではなく、あくまでも理解のために)
これは競争ではありません。
それぞれに、神の計画と召命があります。
すべての信者は、「どこで成長し仕えるべきか」を祈りつつ見極めるべきです。
それぞれに備えられた恵みがあります。
「奉仕にはいろいろありますが、主は同じ方です。」― 1コリント12:5
家の教会がもたらすもの:
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親密さと深い交わり
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シンプルな構造と低コスト
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分かち合うリーダーシップと個人の成長
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信仰の“避難所”としての静かなスペース
従来型教会がもたらすもの:
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多様なプログラムと既存の体制
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訓練を受けたスタッフと支援ミニストリー
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賛美や集会を祝う大規模な礼拝
多様性の中の一致:
信仰は一つ、かたちは多様
家の教会は「教会の外部」にあるものではなく、まさに教会そのものです。
私たちは、世界中のクリスチャンと共に、信仰の告白を共有しています。
信仰告白の基本:
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イエスは主である
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聖書は神のことばである
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救いは、恵みによって信仰により与えられる
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私たちはひとつのからだ、しかし多くの器官である(ローマ12:4–5)
謙遜と喜びをもって、この信仰の表現を尊びましょう。
最後に:
家の教会を運営するうえで最も大切なことは、既存の教会の存在からの逃避したのではなく、よりシンプルに、より聖書的に、よりイエス中心に戻たいと願う「回帰」のための選択です。
理由がいかなるものであるにせよ、
イエスの名のもとに集まるなら――そこは主の教会です。
「あなたがたも、生ける石として、霊の家に築き上げられているのです。」
― 1ペテロ2:5